【8000字】著者・セイカの歩んできた人生をプロフィールにまとめてみた




こんにちは!この「セイカの暮らし便り」というブログの運営者・セイカ(@seyca_ktd)です。

このプロフィール記事は、気合い入れて書きすぎたために、8,000字を超えた大作となっております。

なので、パパッとセイカについて知りたい方はこちらをご覧ください。

セイカのプロフィール(短縮版)
こんにちは!運営者のセイカです。基本情報 1991年6月生まれ 滋賀県栗東市出身 6歳から18歳まで空手一筋、中学生のときは吹奏楽部 12歳でカナダでオーロラを観て、...

 

セイカ
上記リンク先の記事は2分もあれば読めちゃうよ〜!

当ブログ「セイカの暮らし便り」に込めた想い

当ブログは、移住者の視点から書いたリアルな田舎暮らしの様子、移住先である高知の情報発信、山奥での子育てのことや、日々の暮らしで役立つおすすめグッズやおすすめサービスなどを紹介しています。

このブログを通して、過去のわたしと同じ境遇で

  • 「田舎暮らしをしてみたいけど悩んでいる」
  • 「そもそも生き方に迷っている」

という方には、リアルな田舎暮らしを発信することで、この先の生き方の選択肢を増やすことができたなら本望です。

わたし自身も、高知の山奥に定住する前は、土の近い暮らしをしたいという願望は定まっていても、

セイカ
どこに住むのがベストなんだろう?

ということで、めちゃくちゃ悩み、国内外をあちこち巡りました。

そんな過去の私のような方ってたくさんいらっしゃると思うので、そんな方の何か指針となれば幸いです。

現在の住まいともなっている移住先

土佐ジロー
セイカ
ニワトリとヤギが飼えて、畑ができる場所!

ということで、魅了されて住み着いている場所が、高知県の嶺北地域という四国のど真ん中にあるエリア。

一部の方の間では「ブロガーの聖地」とも呼ばれている場所なだけあって、ブログを書いている移住者がとにかく多いエリアです。

ブロガーで有名なイケダハヤトさんもこの嶺北地域に住まれており、その影響力はさすがだなあといつも感服!

四方八方を山に囲まれたこの嶺北地域は、棚田がとても美しく、お米コンクールでも日本一をとっているほど。

セイカ
この棚田を見て、私は「この景色の一部になりたい」と思ったんですよね

そんなわけで2015年の冬に高知県に移住。

今はこの景色の一部で、夫とふたりでお米を1反分、自家消費用で栽培しています。

誕生から高校時代まで

サクッと生誕からどんな人生を歩んできたのかご紹介していきます!

出身地

滋賀の風景

滋賀は米どころ!

生まれも育ちも、琵琶湖のある「滋賀県」です。

セイカ
琵琶湖は海だと思って育ってきたからね。今も琵琶湖を見たら心が穏やかになれる…

「滋賀県出身です!」って言われただけで、もう家族のように感じるほど、地元愛は強いです。

地元が嫌で出たわけではなく、地元大好き

そんなこともあって、大学を出るまではずっと滋賀県にいました。

小学時代

左が私。姉とは2歳差だけど双子のように育ちました

勉強も運動もそこそこできて、友達にも恵まれた、本当にどこにでもいるフツーの女の子でした。

ですが小学時代は空手一筋だったので、空手をしていた以外の記憶はほぼありません。

しかし、同じくらい印象的で人生を揺るがした出来事がありました

我が家はサンタクロース文化が根強く残っており、みんなが信じていない12歳になっても本気で信じていました。

毎年のクリスマスの過ごし方は決まっていて、サンタクロースに手紙を書くこと!!!

いつも素敵なプレゼントをありがとうございます。

でも何もいらないので、一緒にソリに乗せてオーロラを見せにつれていってください。

よろしくお願いします

っていう内容をしつこく何年も書き続けました。

その結果、サンタクロースはなんと、12歳のクリスマスに合わせて、枕元に「カナダ・イエローナイフ行きの航空券」を置いてくれていて、オーロラを見にいってこいとの手紙がありました。

12歳にしてカナダへの移住を決意

小学校6年生にして、オーロラをみにいくことができたわけですが、それによって人生がガラッと変わりました。

カナダで五感で触れたものすべてが新鮮で、直感的にビビビ!ときた上、フィルムカメラでうまくオーロラを撮影することができず悔しくなったので、

セイカ
私、なにがなんでも将来はカナダに住む!!!!!そんでカメラマンになる!!!

といきなり人生の夢が定まりました。

中学時代

カナダ永住という目標が定まったので、中学時代はひたすらに英語を勉強。

90点以下は取ったことないんじゃないかしら…というくらい、英語だけデキる女でした。

高校時代

セイカ高校生

英語を勉強したい欲望はとどまることを知らず、どこにでもいるフツーの高校生だけど、迷わず留学のできる高校を選びました。

セイカ
金のかかる娘だっただろうな…。親には感謝してもしきれない…

日本文化と英語をみっちり勉強できる京都の私立高校へ進学。

1日最低3時間は英語を勉強できる学校で、担任教師も外国人!というインターナショナルスクールなみの徹底ぶりでした!

カナダに留学→永住願望強まる

高校でもカナダに永住したい願望をアピールしまくり、カナダへの交換留学へのチケットを獲得。

多感な時期にカナダで1年間過ごし、体重12キロ増加とともに、かけがえのない友人やホストファミリーに出会えました。

それまでは私、かなりシャイな人間で、人前で話したらお腹下したり、翌日は発熱したりするほどコミュ障というか、あがり症だったんですが、カナダに行ってからはそれがなくなりました。

ちなみにカナダの高校での単位が互換され、通っていた日本の高校で単位承認してもらえるので、留年することなくストレートで卒業。

大学時代

大学は語学をもっとみっちり学び、カナダ永住にもきっと強みになるであろうと、カナダの公用語「フランス語」を専攻できる大学へ進学。

セイカ
厳密にいえば、写真学校に進学を考えていたんですが、親から言われた「大学は卒業しとけ」の一言で併設してた大学に内部進学しました

バックパッカーとしてひとり旅にハマる

高校の時のカナダ留学で英語力も身につき、コミュニケーションに自信がついたこともあって、世界あっちこっち15ヶ国ほどを一人旅でまわりました。

大学の友人といるよりも旅で出会った友人といる時間の方が長かったですね…。

それくらいに旅にどっぷりハマりました。

授業もしっかり出ながら、バイトは多い時に4つ掛け持ちして、お金を貯めては、長期休みのときに長期でひとり旅に出かけるのが定番でした。

東日本大震災後のボランティア活動

大学2回生のときに起きた、2011年3月11日の東日本大震災。

2ヶ月に1度は、友人と12時間ほど車を走らせて震災ボランティアに携わっていました。

セイカ
授業に出てる場合なんかじゃない!

と、無理矢理ボランティアを単位互換にしてもらおうとするほど、ハチャメチャでした。

写真部の部長も務めていた私は、写真を使って復興に携われないかと考え、そのタイミングで知り合った同じ京都の大学の学生さんと一緒に企画して、宮城県気仙沼大島で、希望する小学生を対象に2年間ほど通いながら不定期的に写真教室を開催。

ポロっと家族には言えない弱音をみせてくれたり、新しく趣味として、また新しい夢としてカメラマンになりたい!と言ってくれた子がいたりして、少しは心を和ませる機会が作れたのかなと思います。

インド・ラダックを訪れ「自分の故郷を大事にしよう」と決意

インドラダック

インド・ラダックのレーの街

その後も旅をし、人生に圧倒的な価値観を与えてくれた旅先が、インド・ラダックでした。

インドのラダックという地域は、1975年から外国人の受け入れをはじめた場所なんですが、それから欧米化の波に押し寄せられ、自地域の文化が廃れかけてしまうという局面に遭ってしまいます。

それから地元の女性陣が言語や文化を大事にする活動を積極的に行い、その動きが素晴らしいとされ、海外ではかなり着目されていました。

わたしの地元の滋賀県も、京都大阪に出て行くのにわりと近くて便利ということで、森を伐り開き、開発がどんどん進んでいるエリアでそれにすごく嫌気がさしていたので、ラダックでの滞在をきっかけに、開発されることで地元が嫌いになるのは悲しいなと思うようになりました。

実家を出て、滋賀県のより田舎の地域へ移住

移住してからは、食に関する手仕事を常に大切に心がけてた

というわけで、県内の中でもわりと開発されにくいであろう場所・高島市へ、姉が1人暮らししていたこともあって、そこに転がり込みました。

それが大学3回生の終わり頃。

大学までは片道2時間かかるけど、それでも高島での暮らしは快適で、自分にとっては理想そのもので通学は苦ではありませんでした。

セイカ
もうこの頃から地方移住を先駆けてしていたんだな、私ら姉妹…!

そこでは、湧き水やかまどを使った暮らしをしたり、畑を一部借りたり、ベランダできのこ育てたり。

今まで旅をしてきていろんな生き方の人を見てきた中で実際に自分自身も「やりたい!」と思ったことを色々と試せた時期でもありました。

これをきっかけに自分が目指すのは、緑に囲まれ、かまどを使って調理したり、自給自足的な暮らしをしながら、五感をフルに使える暮らしがしたいなと定まりました。

就職活動は一切しない

そんなこともあって、一般企業への就職は一切考えたことがありませんでした。

むしろ、大学の先生たちにも就職活動をしないことは公言しており、先生たちもこぞって「それがセイカさんらしいわね。」という感じでいてくれたので、この環境は本当にありがたかったです。

セイカ
外国語大学ってね、変な人多いから、就活する人が大多数ではあれど、就活せずに自分の好きなことやって生きてく!って人は一定数いるんですよ

そんなわけで就活せずに、気仙沼大島の子どもたちの卒業式と被ってしまい、そっちの撮影に行くことにしたので、自分の卒業式すら出ずに卒業したのでした。

大学卒業後

卒業後も半年ほどは高島でアルバイトをしながら暮らしていました。

そして、貯金目標100万が貯まったので、カナダへの渡航を決意。

カナダに渡航して、オーロラツアーのカメラマンとして勤務

カナダイエローナイフ

カナダ・イエローナイフでカメラマンとして勤務時代

セイカ
高島で理想だと思う暮らしをしていた分、カナダに行くのはやめようかなと思った時期もあったけど、長年の夢だったこともあってカナダには行きました

カナダに行くからには、12歳のときに利用したカナダの現地会社で就職したいと思っていました。

企業名を覚えていたので、直接アポを取って、履歴書を送って事前にやりとりを行い、正式採用に。

まずはワーキングホリデーのビザを取得してカナダのイエローナイフへ渡りました。

大学時代の写真経験を買われ、なんとかカメラマンとして採用してもらえることが決定。

セイカ
このときは夢が現実になった喜びよりも、本当に信じられなくて動揺していました

結局半年ほど勤務し、過労と日光浴不足で、この仕事を続けるのはしんどいなと思い、一旦カナダを出ることにしました。

太陽恋しくて、日本と世界の畑を巡る旅にでる

カナダ・プリンスエドワード島でお世話になってた自給自足のおばあちゃんち

そんなわけで、やっぱり自分の理想の暮らしは、土に近い暮らしだと思い、自分に合った土地探しをすることにしたのです。

国内外の興味のある農家さんに片っ端から連絡をとり、行けるところには1ヶ月単位くらいで手伝い兼ねて滞在。

セイカ
韓国のボソンなら住めるかも

と思い始めていたのと同時に、自給自足的な暮らしをするにはDIY力も鍛えておく必要があるなと感じていた頃に何気なく見ていたFacebookで


20才になったら「いえ」をつくろう

という文字に目をひかれたのでした。

「いえづくり教習所」という高知で開催された1ヶ月間のワークショップのキャッチコピーなんですが、家って作れるの!?って思ったわけです。

人生の転機は2015年

すべては高知県に足を踏み入れてから、ガラッと人生の方向性が変わりました。

夫との出会いは2015年に参加した「いえづくり教習所」

いえづくり教習所

開催場所は高知県の安田町。参加費20万。

1級建築士の方が企画して、1ヶ月間かけて、最低限の法律や知識、それと実践で、直接大工さんから家を作るためのスキルを学べるというワークショップがありました。

セイカ
20万…。でも一生のスキルになるならいいよな。ニワトリとヤギ飼いたいし、しっかりした小屋作れるようになるためにも参加しよう!

ということで参加を決め、そのタイミングで一時帰国をすることに。

ここで夫とも出会いました。

ばたやん
山仕事をやっていて、近い将来、自分の山買って、自分で伐った木を製材して家を建てたいんです

と公言する男性には生まれてはじめて出会ったので、度肝を抜かれました。

セイカ
家をつくるためのワークショップやけど、小屋とかじゃなくて、本気で家を建てようと思ってるんや…!すご!!!

これが私が抱いた夫への第一印象。

そのときは別にお付き合いをしていた男性がいたので、夫と付き合って結婚するなんてことは想像だにせず!!

当初の予定だと、いえづくり教習所が終わってからは南米、あわよくば南極あたりも踏み入れたいとまで本気で考えていたので、人生とはおもしろいものです。

お付き合いしていた男性とは、3年以上一緒にいたけれど、私は田舎暮らしがしたいけれど、その男性は都会暮らしがしたいという見事に真逆な考えでいたので、考えをすり合わせるのに限界を感じてお別れすることに。

本山町の地域おこし協力隊として着任

本山町地域おこし協力隊
ばたやん
ぼくが住む高知県本山町は、畑をやったりかまどを使って暮らしたいならいいところやし、素敵な暮らししてる人もいるから紹介するで〜

ということで、本山町に何気なく遊びにきたんですが、とってもいい場所だったのです。

見る景色・話す人・食べるもののどれをとっても素晴らしいものだらけで、

セイカ
ここで暮らせたら楽しいやろうな

と心から思えました。

そんなタイミングで出会った夫は、お互いがタッグを組めば最強だと思えるほどにめちゃくちゃやりたいことがいい感じで重なっていて、暮らす場所も素敵だし「この人となら人生めちゃくちゃ楽しめるわ!」と思ったのです。

そして、そのまま付き合うことになり、流れで地域おこし協力隊に応募し、着任。

農業振興員として就任。

  • 狩猟免許取得
  • 有機野菜を栽培し、保育所に給食用として出荷
  • 多品目の野菜を試験栽培
  • 加工品試作

などなど、いろんなことを実験的にやらせてもらっていました。

最初は「農業」を生業としたいと思っていたけど、いろいろ模索しているうちに農業を生業にすることのハードルの高さを感じ、そこまでのモチベーションが自分にはないということに気がつきました。

そもそも、ただ「農的な暮らし」をしたいだけだということも、本山町で暮らし始めてわかったこと。

出会って1年経たずに結婚、そして妊娠・出産

プロポーズは夫がしてくれたけど、指輪は私が鹿の角で作ってプレゼント

その後、夫と結婚し、まもなく妊娠発覚。

汗見川ふれあいの郷「清流館」でみんなで手作り結婚披露パーティーを開催!
 こんばんは。せいか(@seyca_ktd)です。さて先日、6月17日(土)に、私たち夫婦が暮らす汗見川地域の拠点ともなる場所「清流館」にて、私たちの結婚披露パーティー...

 

結婚式は挙げず、移住先の本山町で大々的に「おきゃく」(土佐弁で飲み会のこと)を行い、総勢130名もの方が参加してくださいました。

そして妊娠9ヶ月目になったので、地域おこし協力隊の任務は一旦おやすみ。

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こんにちは。せいか(@seyca_ktd)です。わたしは高知県北部に位置する「本山町」という町の地域おこし協力隊をやっています。が、1年半を迎えたところで妊娠が発覚し、出...

 

わりと元気な妊婦で、なんとか出産も無事終えました。

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現在は育休中で、副業OKなので、子連れで仕事をしています。

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地域おこし協力隊には、2019年4月より復帰予定。

そこから任期は1年半残っています。

でも地域おこし協力隊に復職して、農業振興員として活動するにも、農業を生業にする気がないんじゃないのか?って突っ込みたくなりますよね。

畑や田んぼで何かを栽培するのは、まったくする気がありません。

しかし、高知って実は茶所でもあるということに気がつき、知り合いの茶農家さんに相談したら「三年番茶作るんだったら協力するよ!」との一声。

セイカ
私、三年番茶がめちゃめちゃ好きなんですが、それを高知産素材で作れると思うと興奮してまう…!

ということで、三年番茶をつくることをミッションに動いてみたいので、復職を予定しています。

果たしてどうなることでしょう!

セイカが描く未来予想図

せっかくなので、これからの展望を。

これからの5年間のうちにやりたいこと

  • 耕作放棄された茶畑で「三年番茶」をつくる
  • 子ども3人のママになる
  • 馬を飼う
  • 山を買う
  • 夫とふたりで山仕事をする
  • 家を建て始める

 

もともとは夫の夢だった「自分で伐った木で家を建てる」というものを一緒に叶えられることに、今はとにかくワクワクしていて、早く形にしたい!という想いがめちゃくちゃ強いです。

田舎で「家を自分たちで建てること」が私たち夫婦の夢です
こんにちは。田舎暮らし3年目を迎えたセイカ(@seyca_ktd)です。いきなりですが、私たち夫婦には夢があります。それは、自分たちで切った木で、自分たちの力で家を建てる...

 

セイカ
今住まわせてもらってる家もすごく素敵なおうちで、改修やなんやら好き勝手やらせてもらっていますが、自分たちで一からつくる家も楽しみすぎる

夫が木こりということもあり、将来は自分たちで買った山で施業して、それを生業にしたいのです。

そのために私もすでにチェーンソーとユンボの運転操作の資格は取得したので、あとは現場で実践するのみ!

とはいえ、子どもが保育所に行けるようになってからになると思いますが…。

最後に

23歳だった当時、定住地を探すのに、主に田舎を見て回っていました。

もともとわたしが田舎暮らしをしたいと思った理由は、自分の足元を見つめなおしたいと思ったから。

消費的な暮らしをしている限りは、どこかの誰かが何かを犠牲にして暮らしている。

その現場を大学生のときに海外で垣間見てから、自分の暮らしに責任を持とうと思って、生産的な暮らしをしやすい「田舎」を選びました。

消費的な暮らしから、生産的な暮らしへ

ここの軸はブレずに、今もこれからも暮らしていけたらと思い、ここ高知の山奥で愛する人たちと楽しく暮らしていきます。

わたしの人生で最終的に目指すところは「田舎のスーパーばあちゃん」

セイカ
田舎に住むおばあちゃんたちの暮らしにおける知恵や技術は本当に素晴らしいものばかり。それを受け継いで、たくましく生きたい!

というわけで、まとめると当ブログ「セイカの暮らし便り」では、

 

  • 移住先の高知県での暮らし(ものづくり、家の改修、恋愛事情、子育てのことなど)
  • 田舎暮らしのリアル
  • 今まで訪れた旅先のことや素敵なスポット
  • 高知県のおすすめスポットやグルメ情報

 

あたりのことを中心に発信していきます。

取材依頼、記事執筆依頼など、なんでもお気軽にこちらのお問い合わせからどうぞ。

初めての方におすすめの記事はこちら⇒「セイカの暮らし便り」に初めて来た方に読んでほしいおすすめ記事まとめ

それではどうぞお楽しみください!









ABOUTこの記事をかいた人

91年滋賀県生まれ。本山町地域おこし協力隊、 猟師見習い、フォトグラファー、ライターやってます。 カナダに永住する予定が、高知に移住し、山師の夫と結婚。0歳の息子と3人で山暮らし。 自分らで切った木で家をセルフビルドするのが直近の目標!