地方移住の真実を知りたければ「ローカリズム宣言」を読むと刺激的でおもしろいよ




こんにちは。セイカ(@seyca_ktd)です。

「地方移住」といえば2011年の東日本大震災を皮切りに、都市部から地方へ人が一気に動き出しましたよね。

かくいう私も、最終的に今は高知県の嶺北地域に落ち着いていますが、最初は縁もゆかりもない滋賀県高島市というエリアを移住地として選び姉と2人で暮らしていました。

それが6年前のことなので、2012年あたりのこと。

セイカ
いろんな地方を巡ったなあ。

さて今回ご紹介する、内田樹さん著書「ローカリズム宣言 「成長」から「定常」へ」」が地方移住に関することの本質を突いており、なかなか興味深い内容だったので、書評記事をお送りしていきます。

移住した方なら納得できる、これから移住したい方にも一読してほしい一冊です。

日本はもっと自分の持つ資源の豊かさに気がつくべき

本の中でものすごく共感できた部分があったので、そこを紹介させてください。

例えば、日本では飲料水はいくらでも湧き出ていますけれど、これは飲料水をマレーシアからパイプラインで輸入し、海水の淡水化や下水道浄化プラントに巨額の国家予算を投じているシンガポールからすれば信じられないような巨大な資産です。

でも日本人自身は、自分たちがそれほど豊かな資産を享受していることを自覚していません。

セイカ
これ、本当にその通りすぎる。

水に限らず、温泉、森林、観光地、食文化など日本には誇るべき部分がたくさんあります。

「シンガポールはすごいから真似して追いつこう!日本もまだまだ経済成長を止めてはいけない!」

みたいな流れがありますが、実際はそれぞれ国の持っている資源やいろんなことの背景が異なるから、ひとつの輝かしくみえる経済のあり方がどこにでも当てはまるなんてことはありえないのです。

それよりも今ある資源を大切に、持続可能な社会をどう作っていくのかが大事じゃないですか。

たとえばひと昔前の家だったら「築100年」「築200年」の家だって当たり前の世の中だったのに、今ではそれが嘘のよう。

そのあたりをみているだけで、「ちょっと昔の日本」と今の「いき過ぎた消費社会の今の日本」を比べると辟易します。

どっちの社会が長い目でみて、いいと思えるのか。

その声に従えばいいと思います。

先人が残してくれた資源があっての「今」を後世にも残そう

「定常経済」こそが今ある資源を保つポイント

今回の本の中で内田樹さんは「定常経済」ということを提唱しています。

セイカ
定常経済ってなに?

定常経済というのは、手持ちの資源をできるだけ高い質において維持するということです。

一言で言えば、資源を「軽々に換金しない」ということです。

私の旦那は「山師」で木を切ったり、自分たちで製材したりしています。

山師の人たちの中では、山仕事は恩送りの仕事だとされていることもあって、そのあたりの考えが定着しているように思います。

でもこれって実はどんなことにも置き換えて言えることだと思うんですよ。

今私たちの食資源を保つために耕作されている畑や田んぼ、川や海。

自然ありきの人間のいのちですが、その人間が暮らしやすいように自然を保ってきたのもまた人間なのです。

そこを認識した上で、生産も消費も行われるべきだと私は思います。

「定常経済」を実践するコツ

「成長はもういい」という膨張感だけでは経済モデルは回せない。

資源がたいせつだという気分だけでは足りない。

「どんなことがあっても次世代に残さなければならないもの」をわれわれは先人たちから託されているという指名の自覚が必要になります。

セイカ
これ本当にその通りだわ…。田舎にいるとそう感じる機会もめちゃくちゃ多い。

自分の子どもが生まれてから、それは余計に感じることでもあります。

今みているきれいな景色や資源を、息子や息子が大きくなった時にできる家族、またその子どもの子どもまで保ってみせてあげたい。

それなら今何をやるべきかは自ずとわかってくるものです。

地方移住は「資本主義」からの逃れの旅のようなもの

地方移住をするみんながみんなそうではないと思いますが…。

少なくとも2011年の東日本大震災で「このままではやばい」と思って行動に起こした人は、内田樹さんが本書の中で言われていることに当てはまるかと思います。

ちらっとですが、本書が気になる方は「ローカリズム宣言」まえがきを読んでみると、本の中で語られている大まかなことがわかります!

「セイカの暮らし」も資本主義からの逃れの旅なのか?

このブログのタイトルは「セイカの暮らし便り」としています。

私もどちらかというと、資本主義社会から逃れたいというか、本来の幸せはその中にあるものではなく、地に足つけて根を張って暮らすところにあると思ったのでここにいますが、私の場合は正しい判断だったなと思います。

現実問題、お金は最低限必要だとは思っているので、稼ぐべきところはしっかり稼ぐ。

でもそれ以外の部分は、本当に心安らげる人間関係の構築と、人間らしい生き方を非生産的であっても貫いていきたいですね。

いつまでも泥臭く、手を動かすことを忘れずに、五感をフルに使って、自然の中でこれからも暮らしていきます。

「ローカリズム宣言―「成長」から「定常」へ」を読んでいて正直ちょっと極端だなと思う部分もあったのですが、これくらい言い切っていると逆に気持ちいいと思ったりもしました。

「地方移住」というワードがなんとなく気になっている方は一度読んでみると、何らかの気づきが得られるはず。

ぜひご一読を。

それでは今回はこれにて。ではまた!