写真と言葉で紡ぐ、今自分を取り巻く気持ちを表現してみる。




こんにちは。せいか(@seyca_ktd)です。

明日からとあるワークショップに参加するために、現在帰省中。

約9ヶ月ぶりに帰ってくる地元はなんとも言えない安心感をくれ、今日もさっそく地元や大学時代の友人と飲みにいく約束もあり、なんか嬉しいなあ、このひさしぶり感。

たまにはやはり帰って来ないとね。

しかも彼の仕事も重なって、それに便乗して帰ってきたのですが。

そんな車内で、彼と話して思ったことを今日はちらっと不器用なりに言葉を紡いでみたいと思います。

言葉にして出さないと伝わらないことがある。


言わなきゃわかんない。

そうは頭でわかっていても、言語化がむずかしいときってある。

そんなことを考えているときにツイッターでフォローしている方がこんなことを書いていてハッとしました。

何に関しても言えることだけど、自分の中で落とし込めないことって他の人に言葉で説明することってむずかしい。でもそれって結局その中身を根本的に「わかっていない」から説明できない。

自分自身、外国語大学を卒業して、散々嫌というほど、言語化することの大切さってわかっているはずでした。

逆に母国語じゃない方が言いにくいことを言えたりすることもあるけど、やっぱりどんだけ言いにくいことでも言葉に発することってとっても大切。
IMG_1410
このリンク先にあるように、言葉には2種類あり、「内なる言葉」と「外に向かう言葉」があると。

幼いときって相手の気持ちをよくも悪くも考えないで「内なる言葉」をそのままぽんぽん発していることが多かったけど、その後、引きずることってなかったし、正面からぶつかり合うことで、そこに生まれるものってある。しかもそれは結構いい方面で効果が出てくる印象がある。

大人になるにつれて、こう言えば相手はこう思う、って勝手に思い込んじゃって、言葉を発することを恐れる。

自分もまさにそれで、素直になりたいけどなれないってこういうことなんじゃないだろうか。


改めて写真で自分の世界を表現することは得意だと感じる。

長年趣味で写真をやってきて、言葉を発するのを避けてきた感も否めない。

でもやっぱり写真での表現が好きなのは違いない。

これは妹が本山町の汗見川に遊びに来てくれたときに撮った写真。
DSC_1506

DSC_1473

DSC_1543

DSC_1545

DSC_1514

DSC_1555

汗見川、綺麗だなあ。そして妹、成長したなあ。

自分にとって家族のイメージって、サザエさんのような『和気あいあい皆仲良く!』って感じだったのですが、我が家もなかなか複雑な家庭環境にあるので、そういうイメージからはだいぶ遠ざかっております。

結果的にみんなバラバラでも個々がしあわせにたのしくやっているのならいいと思うけどね。

それでも父は新しい家族を持って、母は新しいパートナーをみつけて。

実家に帰ったら誰もいなくて、父の家も母の家も出入りしにくい雰囲気がある。

わたしの家ってどこにあるんだろう?

つまりはこういうことなんだろう。

以前も「いえ」に関してはちらっとまとめたことがありましたが。
参照: 24歳ジプシー女子が考える、わたしにとっての「家」ってなんだろう

幸いにも、こういう想いを叶えてくれる、というか実現ができる、ともに最高の場所をつくれると自信を持てるようなパートナーがいるからこそ、今自分もこうやって好きに暮らしていけてる。

でもそのパートナーとの関係性の中にも乗り越えていかないといけないこともあって。

それを乗り越えるにはやっぱり「言葉」を紡ぎ、自分の「内なる言葉」をそのまま届けることをしなくちゃいけない。


その「内なる言葉」をそのまま届けるにはやっぱり日々言葉を紡ぐ中でできていけるようになるそうな。

というわけで、これからしばらくは自分の中で「内なる言葉」と向き合って、それを溜め込まないように相手に素直に伝えるってことをしていきたいと思ったのでした。

それでは今回はこれにて。ではまた!


SNSでも発信中!

Instagram










ABOUTこの記事をかいた人

91年滋賀県生まれ。本山町地域おこし協力隊、 猟師見習い、フォトグラファー、ライターやってます。 カナダに永住する予定が、高知に移住し、山師の夫と結婚。0歳の息子と3人で山暮らし。 自分らで切った木で家をセルフビルドするのが直近の目標!