20歳のときに私がヒッチハイクをやらないと決めた理由とそこから得た学び




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こんにちは。せいかです。

ちょうど20歳のときかなあ。
東京から滋賀に帰るのに、ヒッチハイクで帰ることを決意し、実行しました。

別に帰るためのお金がなかったわけではなく、それを通じて何を感じるのか知りたかったのです。

無事に家に帰れたものの、その後のまわりの反応がすごく印象的な思い出として残っています。

私のヒッチハイク経験と、やらないことに決めた理由



実際にヒッチハイクをして一番に感じたこと。

それは、乗せてくれた方達は本当に優しい方ばかり。

乗せられなくても、車内からこちらに向かって、
「乗せられんでごめんね〜」と手を合わせてくださる方も多数いて、
なんかすごく心がほっこりしたことを覚えています。

実際に乗せてくださったのは、ファミリーをはじめ、単独のトラックの運転手、
行き先を決めずにドライブを楽しんでいた男性グループ、熟年のご夫婦…

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しかし共通して言われたのは「女の子がやっていると危ない」でした。

「誰か危ない人に声をかけられるのではないかとヒヤヒヤする」と、
会って間もない方がすごく心配してくださったり、
あとは一番心配をかけたなと思うのが、わたしの祖母をはじめとする家族。

そもそもスタート地点が、うちの祖母は東京在住なので、そこからはじめました。

この物騒とされる世の中でそんな軽はずみな行動をとって、何が起きてもおかしくない。
そうおばあちゃんが考えて心配するのも当たり前のこと。

やはりいつも私は女なんだ、という認識が欠けてるよなあ、私。
反省しているようで、なかなかしていないところがきっとダメなところですね。

参照: 女ひとりで海外を旅をしていた時の恐怖体験のお話と、その反省点から自分がはじめたこと

実際にそれで痛い目に合っているにも関わらず。

今回は運良く、素敵なドライバーの方達ばかりだったけど、
一歩間違えれば、自ら犯罪を呼び込むような状況を生み出していたということ。

まあそこにおびえていては何も出来ないというのが当時の持論であったんだけれども。

その後、東日本大震災の支援活動で知り合ったカメラマンの男性にも
わたしの行動は誰もが心配して当たり前のことで、
あまりにわたしの行動は他力本願である、と怒られたのでした。

兎にも角にも、それ以降、これだけ多くの人にこれだけの心配の声を聞かされた以上は、
罪悪感がいっぱいで、もうヒッチハイクは無一文でどうしようもないときしかしないことに決めたのでした。

私がヒッチハイクを通じて学んだことは、人は誰しもが一人では生きていけないということ。



有名な話だけれど、日本では「人に迷惑をかけてはいけない」という風に怒られるけど、
その一方で、インドでは「お前は人に迷惑をかけて生きているのだから、人の事を許してあげなさい」という風に言われるという。

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わたしはある種、ヒッチハイクはそこを学べる手段だと思っていて、それを感じられたのも事実。

確かにヒッチハイクを通して得られるものってたくさんあって、
「自分も人にやさしくなりたい」と強く思ったり、
自分にとってもすごくよい経験だったし、してよかったなと思います。

しかし自分の好奇心によってやってみて達成感というか満足はしたけれど、
あまりにまわりの人を心配させすぎたというか、
正直、自分の行動によってこんなにたくさんの人が心配してくれるなんて思っていなかった。

ある意味では私のヒッチハイク経験はそこを学べたのが大きかったのかも。

「人は一人では生きていけない」と書いたけれど、
ヒッチハイクではまさに人に頼ってなんぼで成り立っている交通手段なので、
そこでももちろん感じられました。

でもそれ以上に、たくさんの人が心配してくれてたっていう事実が、一番そう感じたきっかけでもありました。

たしかに、人に心配されるからっていう理由で自分の行動に制限をかけて、自分の可能性を潰すっていうのはもったいない。

でもそれと今回のは根本的な部分が違うと思うのです。

やったからわかったことだとは思うけどね。


人に頼って生きていく。人に頼らず生きていく?


ちょっとtwitterにも書いたけれど、そこから考える「自立」の意味。

世の中、特に都市部だと人に頼る方法があまりにわからないという人が多い気がします。

わたしも上手いのかはさておき…。

最近この話について知人の方とも話していたけど、人に頼るっていうのは「家族」だけに限定せず、
「まったくの赤の他人」に頼るっていうのもしていい。

それも「ひとりの人」に頼らず、「たくさんの人」に頼ってこそ、バランスが保たれていく。

「ひとりの人」に頼るとどうしてもその人の負担がでかすぎるし、
相談する側としてもその人がいなくなったときに混乱状態に陥りやすい。

そう考えると、もっといろんな人に頼って生きていい。

でもその頼らせてもらった分の恩返しはしていくこと。

実際にわたしも日本と世界のあちこちを一人で旅して、
たくさんの人に心配や迷惑かけて、頼らせてもらったので、
これからはそういう人に恩を返していけるような生き方をしたいなあと日々思っています。

ヒッチハイクでもそこは感じたこと。

結局人って死ぬために生まれてきたわけで。
生まれた意味なんて、子孫繁栄のためだとばっさり私は言い切れる。

でも人間、思考や言葉があるんだから、それを使って充実したよい人生にしたいと思うのが当たり前。

それをずっと先へ、先へとつなげていくためにも、
「循環」というのはわたしのこれからの人生のテーマでもあるのです。

つまりは恩をもらい、恩を返す。

…とヒッチハイクの話からなんだかすごい話になってきてしまい、話がまとまらなくなりつつある…。

まあ、そういうわけで、以上、わたしがヒッチハイクを通じて感じたことでした。

それではまた!










ABOUTこの記事をかいた人

91年滋賀県生まれ。本山町地域おこし協力隊、 猟師見習い、フォトグラファー、ライターやってます。 カナダに永住する予定が、高知に移住し、山師の夫と結婚。0歳の息子と3人で山暮らし。 自分らで切った木で家をセルフビルドするのが直近の目標!