24歳ジプシー女子が考える、わたしにとっての「家」ってなんだろう




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こんにちは。せいかです。

実は昨年8月に高知県の安田町で開催された、なんだか好奇心がグイッとそそられて、カナダから帰国をすることを決めるきっかけにもなったワークショップに参加してました。

その名も、「いえづくり教習所」!

このブログは所長が更新しているもので、毎日更新されてる上、内容もおもしろいので、一度見れば、あなたも虜に…。

さて、このいえづくり教習所によって完全にわたしの人生変えられてしまっています。

ほんで自分がそのとき語ってた夢が一気に現実味を帯びるように。

そもそも、いえづくり教習所ってなんだ!?



【二十歳になったら いえをつくろう】

というモットーで、理念も本当に素敵なもの!

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ちゃんと「いえづくり教習所HP」も存在します。

座学で、家を建てるための詳しい知識や、
実地では、のこぎりやのみなどの使い方から、
それを応用しての継手や仕口のためのほぞや蟻を実際につくって、建材にもそれを施して、建て方から内装など家を建てる為のあらゆることを学べるというもの。

わたしの場合、これだけでなくって、仲間との出会いもすごく大きいものでした。

まさに今お付き合いしている方もこのワークショップで出会いました。
(そのときはまさかこういう関係になるとは微塵も思っていなかった!)

未だに家族的に、連絡を常時とってなくても、必要なときに繋がりを持てている仲間ばかりで、夢や理想を語り合える、しかもそれを現実化させていく、そこに自分も背中をおされる、っていう素敵な循環を作れている気がします。

参加するには決して安くないお値段だし、しかも普通に働いている人であれば、1ヶ月間、泊まり込みでの教習所なのでなかなか簡単にできることではない。

でもほんと本気で学びたい欲があれば、自分に返ってきたものは想像をはるかに超えます!

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↑ この右側の建物が第一期生が建てたもの。
未完成だけれど、これから短期のワークショップ形式で完成を目指す。
左の建物は所長らがつくった移動可能な「タイニーハウス」。

ちなみに2016年も第二期生が近々募集されるようなので、興味のある方はぜひ!

所長のブログを見ていれば見過ごす事はないと思います。


ジプシー女子がどうして参加するの?あなた放浪の人でしょ?

わたし、やぎとニワトリがどうしても飼いたくて。
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ずっと自分のやりたい暮らしを追求すべく、WWOOFを使って旅をしたり、国内海外問わず農家さんを訪問したりしていました。

一人旅にハマり出したのが高校3年生のとき。

きっかけは青春18切符でした。

大学に入れば、海外も視野に入り、インドに行って以来、自分の感覚でその国を感じたいと思うようになり、20カ国近くの国々を旅しました。

最初は旅にテーマもなくて、ただ放浪するのが楽しくて仕方なかったけれど、途中から、そこで暮らす人々と深く関わるようになって、そしたら急に自分の「家」について考えるようになったのでした。

そんな理想の家族が理想の暮らしを営む場所に行くたびに、大工仕事をできることがいかに大切で、必要なことをひしひしと感じていました。

しかし、大工仕事…。

今まで図工の時間はスキだったし、今もものづくりがスキだけど、そんないきなりニワトリややぎ小屋なんて建てられるのか!?

大工仕事とかそういうのは独学だと限界あるよなあ…。

なんてことを考えていたときに、ふといえづくり教習所の宣伝が目についたのです。

技術を身につけるっきゃない!

カナダの滞在許可はまだ半年ほど残っていたけれど、それを捨ててでも参加したいと思ったのでした。

それがわたしがいえづくり教習所に参加した大きな理由。



そんな24歳ジプシー女子が考える、わたしにとっての「家」とは。


ちょうど前回の記事の冒頭でも少し触れましたが…

参考:寒い日はお鍋で温まろう。自家製きりたんぽと鶏ガラスープで「きりたんぽ鍋」を作る

わたしの両親は、私が19歳のときに離婚をし、両親とも家から出て行ってしまったのです。

でもそこは悲観的にはならず、姉と滋賀のさらなる地方で暮らしたり、そこからさらに田舎志向になったり、農業に興味を持ったのもそこでの暮らしがあったからこそだと思うので、毎日を重ねていくなかで、無駄なことなんてひとつもないと思ってます。

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でも「実家」と呼べる家がどこなのかわからなくなったのは事実。

物質的に、実家はあったとしても、そこには待ってくれている人もいなければ、長年暮らしてきた物や思い出があるだけ。

みんながそれぞれの場所でしあわせに暮らしていることは嬉しかったけど、実家に帰れば、静まり返っているから余計に思い出がよみがえってくる。

何度思い出にしがみついて泣いた事だろうか。

そのとき、そこに「暮らし」が染み付いていないと、物質的には家であったとしても、自分にとっての居心地のよい居場所でもないし、「実家」とも呼び難いと感じました。

そんなときに出会った島根の石見銀山の近くにあるお宿もされている「群言堂」さん。

この記事でも書いていますが、


他郷阿部家でわたしが学んだことは、

家という空間は誰かが暮らして、
そこに生活が根付いていくからこそ美しいんだな、
と。

生活をしていくと、どんどんそこから創造されていくことにつながり、
するとそれは住んでいる人や、訪れる人にも刺激を与えてくれるような気がします。

と感じたわけで今もそう思っています。

高知に定住するのを決めたのもこれが大きな理由。

とはいえ、まだまだこれからですが、わたしにとっての「家」との付き合い方をいいとこまで極めていけたらなあと思う今日この頃です。

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それではまた!