便利さを求めすぎると、あまりにリスクが高すぎることに気がついた




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こんばんは。せいかです。

奈良での研修を終えて、いろいろ感じたことのうちのひとつについて掘り下げてみます。

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草刈り機よりも刈払用の大鎌の方が最先端をゆく!?



たまたま出会った方で、片足を引きずりながら歩いておられていたので、
「足、どうされたんですか?」と聞いてみました。

すると先日、草刈り機で足までをも切ってしまったとのこと。

考えただけで痛い。
いや、もはや痛いっていう次元は超えていて、そこを共感することは不可能。

草刈り機も便利だけど、使い方を一歩間違えると大変なことになります。



わたし、これが欲しい。

石油を使う必要もないし、メンテナンスだって知れているじゃありませんか。

これでうっかり足を切ったとしても、それもまた知れている。

草刈り機もめちゃくちゃ便利で大活躍してくれますが、
使う時のリスクを考えた上で使わないと本当に危険なものです。
できるなら必要最低限でとどめたいところ。

さすがに自分の家の戸口までが草ボーボーで入れない、とか
あまりに畑にボーボーすぎて、種さえ蒔けないよ、ってくらいの草なら
草刈り機を使った方が効率はいいとは思いますが。

自分がただただすっきりするためだけに刈るのならそこは残して生かしてあげるのも
ひとつの手段なんじゃないかと思います。

たとえば、ススキや笹にしたって、邪魔で目障りだからって理由だけで刈るのではなく、
土地に余裕があるようならば、
それをむしろさらによい状態に栽培することで、お茶に加工する
ことだって可能。

野生のものだし、栄養価も高く、効能だって何かしらあります。

ちなみにお茶づくりはわたしも移住先を決めたら真っ先に取りかかりたいことです。

思考と発想を少し転換させるだけで、ビジネスにもなり得るのです。

※ちなみにこのアイデアの後半部分は、
奈良でお世話になってた農家さんのことばをお借りしました。

まあ、草刈り機で怪我の件は単なる考えるきっかけになっただけですが、
この考え方は全てに通じることだと思うんです。

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上の写真は除草剤を撒いた後の畑。

除草剤にしたって、

草は邪魔だから排除したい。
でもそれを刈る時間はないし、除草剤を撒布させれば、
費用も手間もかからず草をやっつけられる。

と思ってみなさん使われているだろうと推測していますが、
結局撒布している時間と草刈り機を使う時間も手間もほぼ変わらない気がするのです。

これは自然農の考えた方ですが、
草がないと、結局虫はそこでの居場所がなくなるから、畑にある野菜につくのです。

さらにそれをやっつけるために、農薬を使って虫を殺そうと試みますが、
虫もどんどんそれに対して耐性ができて、
むしろ被害を受けているのは農薬散布をしている本人自らだったりするのです。



上のはハウツー本。下は名著。


自然農法わら一本の革命
福岡 正信
春秋社
1983-05



さらには土壌汚染にもつながることになるので、未来に使える土地を破壊してなくそうとしている

それはもはや自殺行為とも言えるんじゃないでしょうか…。


無自覚の自己中に溢れた、いまの世の中を考える




かつての人々は、「先祖から後世に引き継いでいく」っていう精神を大切にされていたので、
だからこそ今があるのだと思うんですが、
今のわたしたちは自分たちさえ良ければいいっていう考えのもと成り立っている気がします。

しかも恐ろしいことは、それが当たり前の世界だから、
その状況にすらも気がついていないということ。

もっと自然にあるものに接しながら、感じて、それを考える力を養える場が
いま本当にあらゆるもので消されている気がします。


「自然と共生する」
ってのはこれからのキーワードになるかと。

以前から口うるさく言っている内容ですが、
人間が自然を裏切る時、自然は不思議とそれに対して抵抗しているようにみえるのです。

都合がよいときだけ、自然に癒しを求めるのは図々しい気がしてしまいます。

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刹那主義もよいかもしれないですが、
未来といまの地球環境に負担をかけないポジティブな刹那主義であってほしいと願う今日この頃です。

それでは、おやすみなさい。



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ABOUTこの記事をかいた人

91年滋賀県生まれ。本山町地域おこし協力隊、 猟師見習い、フォトグラファー、ライターやってます。 カナダに永住する予定が、高知に移住し、山師の夫と結婚。0歳の息子と3人で山暮らし。 自分らで切った木で家をセルフビルドするのが直近の目標!